共同行動による「合理的手抜き」のすすめ

自治医科大学医学部 メディカルシミュレーションセンター センター長
医療安全学教授  河野 龍太郎

私がエラーに興味を持ったのは、私自身が業務中にとんでもないエラーをしてしまったということがきっかけでした。このときから「なぜエラーを犯すのか」という問題に興味を持ち続けています。最初は航空管制官のエラーから始め、パイロットのエラー、そして原子力発電プラント運転員のエラーを研究対象としてきました。
医療へのきっかけは1999年の患者取り違え手術事故です。この報告書を読んで、医療システムには、たくさんの問題があることが分かりました。
さらに、いろいろな医療安全の研究会に出席したり病院の医療業務を観察したりすることが多くなりました。この経験から気づいたことは、医療システムはリクスが高く、システム全体から見ると効率の悪いところが多いということです。例えば、教育訓練をとりあげてみると、新人ナースを教育する場合、病院の教育担当者は一生懸命に、時には残業をしながら教材を作っていますが、どの病院も同じような教材を作り、同じような教育を行っているように見えます。もともと医療システムは、人、資金、時間といったリソースが全く不十分であるために、病院の担当者は大変苦労している様子がうかがえます。そこで、結果的に同じようなものができるのなら、共同して教材を作成すれば大幅な労力の削減につながるはずです。
もし、各病院の担当者が一日2時間残業をして5日間で配布資料とか教育用教材を作ったとします。延べ10時間かかります。仮に10の病院の各担当者が同じように取り組んだとします。そうしますと、10時間×10=100時間という時間がかかることになります。これが3,000病院だと、10時間 ×3,000=30,000時間というとてつもなく大きな時間が費やされていることになります。もし、一人の担当者が作成して残りの2,999病院に配ったら、単純に考えると29,990時間は患者のケアや治療に使えることになります 1。
1配布に関して発生する仕事の増加が考えられますが、ここでは理解のしやすさを優先して無視しています。
そこで私は「合理的手抜き」をお勧めします。新たに教育資料を作成するのではなく、すでに作られているものをできるだけ利用するということです。私は医療安全全国共同行動の行動目標5a「輸液ポンプ・シリンジポンプの安全な操作と管理」を担当しています。ポンプ教育に関する基本的な部分はDVDに入れてあります。今後はチェックリストや知識確認テストなども改良してアップしていきます。皆さんの手元にもっといい資料があるならば、ぜひ、ご提供ください。
みんなの英知を集めて「合理的手抜き」を行えば、医療従事者のエラーを低減し安全性を高め、さらに効率と品質を上げることができる、と確信しています。