医療安全はビジネスである
佐久総合病院 救命救急センター医長 渡部 修
中心静脈カテーテル挿入(CVC)は、NEJMの2003年のレビューでは6.2~19.4%の範囲で合併症が発生するとまとめられました。日本では、最近8年間で29件のCVC関連の報道事例がありました。そのほとんどは死亡事例です。個々の施設内でもCVCの合併症が軽症から重篤なものまで、日常的に多数報告が上がってきます。安全対策部門からは、「どう安全対策を立てたらいいかわからない」「対策を立てても守ってくれない」など、悲鳴(および愚痴)が聞こえてきます。
CVCほど医療安全上の悪条件が重なっている医療処置はまれです。すなわち、標準手技・安全対策・教育プログラムが確立していない、質的ばらつきが大きい、エキスパートグループが形成されない、自分のやり方に固執し推奨する安全対策を順守しようとしない、調査記録作成に非協力的である、病院管理者が無関心である、云々…。このような悪条件を前に、嫌気がさして立ち去るのもいたしかたないとさえ思いますが、もし患者、患者家族、医療従事者、病院の利益のために一肌脱ごうという勇気があるなら、嘆いてばかりでは仕方がありません。だがどうしたらいい? この文章のタイトルにあるように医療安全は「ビジネス」だと割り切る、そこに活路が見出せます。
ビジネスという概念は金銭目的の活動だけでなく、非営利的な活動も含み、「個人的な感情を交えずに利益の追求のみを目的として進める仕事」を一般的に指します。医療安全活動をビジネスととらえ、悪条件を克服し関係者全員に利益をもたらすビジネスに着手する。これを戦略的に計画し淡々と実行する。そして結果をだす。別に思い悩むことはありません。単なるビジネスです。
さて、このCVC安全対策ビジネスにおける重要な戦略は、この対策を推進する黒幕は安全対策部門でよいとして、作戦実行部隊はCVCのエキスパートチームであるべきだということです。CVC実施頻度の高い若手~中堅医師とベテランをエキスパートチームとして施設内に認知させ、安全対策に配慮した技術研修を主催してもらい、標準手技を確立するとともに安全・確実・迅速なCVCを実践しつつ周囲からの信頼感を得て地位を徐々に築き、安全対策を推進していくことが理想的ではないかと思われます。院長クラスや安全対策部門が旗を振っているだけでは、医者は素直に言うことをきくものではありません。いままでの状態をある程度容認しながら反発を抑え、ボトムからジワジワと安全対策が浸透していけば、いつの間にか反発もなく当たり前のシステムとして定着していきます。その際トップが後ろ盾になっていれば安定した活動が保証されます。さらに共同行動支援チームメンバーに協力を依頼することもできます。
反発と拒絶を招く急激な変革、押し付けは禁物です。成果を上げるまでに時間がかかるのは当たり前ですから、忍耐強くビジネスを継続することが大切です。Good luck to you !!