感染予防策はエビデンス論議偏重から実践(遵守)率向上の時代へ

岩手医科大学医学部 臨床検査医学講座 准教授
同 附属病院 医療安全管理部感染対策室 室長 櫻井 滋

 医療関連感染には何らかの予防策が存在し、真に不可抗力とされる医療関連感染はけして多くないと考えられています。また、医療関連感染の範疇には在宅医療に関連する感染症も加わり、職業として医療にたずさわる人々のみではなく、患者家族や患者の生活環境に関連する職種も予防策の実施が求められる時代となりつつあります。

  特に接触感染経路で伝播する病原体は、一部の経口感染疾患を除けば健常人における発症確率が比較的低いうえ、伝播につながる接触行為自体が極めて日常的であるため軽視されやすいのが特徴です。さらに接触感染予防策は「標準予防策」と同じという誤解が生じやすいことも大きな問題です。「標準予防策」は歴史的に血液・体液に対する予防策を基本としていることから、日常的な器具の共用や患者との間接的な接触によってさえ容易に伝播するMDRPやMBL産生菌などの存在を意識した、より厳しい「接触感染予防策」とは区別されなければなりません。多剤耐性菌が多様化し、遺伝子(プラスミド)を介して他の菌種にまでその性質を伝播させることも一般にも知られるようになり、同じ菌種なら同列に扱うという発想すら過去のものとなりつつあります。このように厄介な耐性菌の存在(保有)が病歴や監視培養などの方法で明らかになっている状況では、積極的に個室管理を行うとともに、適切な予防策を高い頻度で「実践」するなど、接触感染予防策の徹底をスローガンではなく具体的実施率として管理する姿勢が求められます。

  しかし、多くの施設では予防策のために個室を占有することによる病棟運営の困難さや、医療経済的負担を理由に接触感染予防策の徹底は困難と認識されています。実際には接触感染予防策は空気感染や飛沫感染予防策とは異なり、物理的な意味での個室を必須とするものではありません。従って、各自が「仮想的な個室=予防策実施ゾーン」をイメージし、手指衛生や個人防護用具の基本的予防策を行うことを習慣化すれば、多くの施設で実践(遵守)率を上げることができると考えられます。最新の医療器具を追いかけ、より強固なエビデンスにこだわることも悪くありませんが、せっかくのエビデンスも実践(遵守)なくしては実効性が期待できません。いまや、まさに実践のための工夫が求められているのです。

 医療安全全国共同行動では医療環境の安全性を向上させるために、MRSA感染対策をモデルに医療関連感染の予防の重要性について情報共有するとともに、その徹底を改めて呼びかけています。その延長線上で、接触感染予防の強化に関する具体策も提供していきたいと考えていますので、ご質問やご相談をお寄せください。

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